なぜ日本の教会はリバイバルしないのか?

多くの識者が「なぜ日本の教会は成長しないのか?」について論じてきました。
しかしこれらの議論はありのパパから見ると的が外れているように見えます。
そこでありのパパが考える「日本の教会が成長しない理由」を述べます。

1.アニミズム的世界観を払拭(ふっしょく)しきれていない

①聖書の背景にあるのは一神教的世界観

唯一の神の御前で、人間は生き、そして死に、生きている間に行ったすべてのことについて神の御前で申し開きしなければならないのです。

これに対して、セカンド・チャンス論などの背後にあるのはアニミズム的世界観です。
ここでは三位一体の唯一の神は、暗黙のうちに相対化されています。
神は天地万物を支配なさる絶対者ではなく、救いの切符を切ってくれる『もぎりのおじちゃん』に過ぎません。
キリストは私たちが信じて救われるべき唯一の名ではなく、信じないよりは信じた方がマシな存在になります。

また『聖霊』は『精霊』へと変質します。
皆さんはまさかと思うかもしれませんが、彼らの主張の中にすでにその傾向は現れています。

②「神は日本を愛しておられる」というスローガンの下に、戦中・戦前に我が国がなした侵略行為を正当化してはならない

『全世界に出て行って福音を宣べ伝えなさい』と命じられた神の言葉を無視するのでなければ、妄想とねつ造の修正主義の歴史観を振り回すことは出来ないことです。

神は日本を愛しておられるだけでなく、日本が侵略した国をも愛しておられるのです。
神は日本が侵略・併合することによってではなく、その国の人々が自主・自立の精神によって国づくりに励むことを願っておられたのです。

その御意を踏みにじって、自国の利益のためにアジア諸国を侵略しました。
その神の御意への不従順の結果、神の裁きを受けたのです。
これが聖書を神の言葉と信じる者が持つ、正しい歴史観です。

○セカンドチャンスや修正主義歴史観を振り回す者たちが信じる神は、天地万物を支配なさる神ではなく、日本という一国だけを愛している彼らにとっての都合の良い神に過ぎません。
これは真の神ではなく、アニミズムの神々です。

そのような視点で彼らの主張を読んでいくと、聖書からは決して出てこないことが、アニミズムの視点からなら不思議に納得できます。
結論として、セカンド・チャンス論をはじめとする万人救済論はアニミズム的世界観を色濃く反映したものであると言うことが出来ます。

間違った歴史観をもつことは政治的な問題にとどまりません。
本質的な意味で、信仰の問題です。
もしセカンド・チャンス論の背後にアニミズム的世界観があるなら、唯一の全能の神はそのアニミズムの神々を信じる者たちの祈りにお答えになるでしょうか?
答えは火を見るより明らかであろうと思います。

2.教会が万人救済論を受け入れるならリバイバルの炎は消える

我が国の教会は知らず知らずのうちに万人救済論的思考に侵食されているのではないでしょうか?
彼らにとって「救い」は、あの世で救われるよりは、この世で救われる方がマシな程度のものでしかありません。

しかし『信じないよりは信じた方がまし』程度の切迫感で、誰が伝道するでしょうか?
誰も伝道しません。
その証拠に万人救済論に立つ教会で伝道の必要を叫ぶ者はいても、実際に熱心に伝道に励む者を見たことはありません。

3.教会がアニミズム的世界観に侵食されると霊的な命も力も消えてしまう

今まで見てきたように一神教的な絶対的な神観が、キリスト信仰の前提になっているのです。
その前提を無効にして、神の愛だけを説いても、それはチープな博愛主義と何ら変わるところがありません。
神の義と神の愛の二つを信じているときにだけ、キリスト信仰は霊的命を保持できます。

誰の心の中にもアニミズム的考えが潜んでいます。
ありのパパの中にも潜んでいます。
今回このような文章を書くことで、自分の中にも「死後の裁きはどうなるかわからない」というあやふやな考えがあるのを知りました。
キリスト者の一生は、このような異教的思考を自分の中から見つけ出し、追い出し、克服して、真に神の子らしく成長していくことであると言えます。

◎平安と祝福を祈っています。

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