ありのパパ自身が癇癪(かんしゃく)持ちです。
どうやって癇癪持ちから解放されたかをお話します。
何かを治そうとするとき、三つのアプローチがあります。
一つ目は、原因を探り、その原因を取り除くことです。
二つ目は、治そうとせず、ありのままを受け入れることです。
えぇ?と思う方もおられるでしょう。
しかしこの方法は案外効果的である場合が多いです。
いつかこの方法について、ご一緒に考えてみたいと思います。
今日は三つ目の方法である、原因を探るのでもなく、ありのままを受け入れるのでもない方法をご紹介します。
この方法はテクニックを用いますので、対症療法的であり、カウンセリングの関係者などからは軽視されがちですが、モノによっては大変効果的であり、何より速効性があります。
1.ちょっとした小さなクセを変えてみる
褒められると自分の手を頭の後ろに回して後頭部を叩く仕種(しぐさ)をされる方がおられます。
これは子供の頃、親に頭をたたかれて育ったので、その親がいなくなった後は自分が親の代わりに頭をたたいているのだという意見があります。
これの信憑性は別にしても、頭をたたく癖を直すために幼少期にまでさかのぼる必要はありません。
謙遜傲慢に「いや~、わたしなんかぁ」などと思ってもいないことを言うから、頭をたたく仕種(しぐさ)が引き出されるのです。
謙遜傲慢から傲慢を引いて、褒められたとき謙遜に「ありがとうございます」と答えるのです。
そうすれば無意識に学習した癖は出てこなくなります。
このように臨機応変に、この問題は原因までさかのぼって解決すべきか、それともいたずらに解決しようとせず、ありのままを受け入れるべきか、それとも即効性のあるテクニックを用いて正常な社会生活を送れるようになれば良しとするかを自分で決めねばなりません。
さて、ありのパパは癇癪持ちから解放されるためにどのようなテクニックを使ったと思われますか?
ちょっと考えてみてください。(考える習慣をつけると応用が利くようになります。)
2.解決のカギを発見する
ありのパパは癇癪持ちであることに悩み、自分が怒りそうになると頭の中で「怒ってはいけない。怒ってはいけない。怒ってはいけない」と呪文のように繰り返していました。
それがある時はっと気づいたことがありました。
それは頭の中で「怒ってはいけない」と呪文を唱えだすと、その後すぐに怒りが爆発するのです。
ちょうど圧力鍋のロックされていない蓋を上から手で抑えているようです。
それで抑えている手の力がちょっとでも緩(ゆる)むと、圧力鍋の蓋はどこかに吹っ飛んで行くのです。
ありのパパにとって「怒ってはいけない」という呪文は、ロックされていない圧力鍋に圧力をむやみに掛けているようなものではないかと考えたのです。
それなら圧力をかけなければ良いのではないかと思いました。
ちなみに心にロックをかけるという方法は採用しようとは考えもしませんでした。
なぜなら本来、人の心にロックは掛けられないものですし、もし無理にロックすると重篤な症状が現れてくる危険があるからです。
それからは怒りそうになると、頭の中で「怒ってもいいんだ。怒ってもいいんだ。怒ってもいいんだ」と新しい呪文を唱えるようにしました。
この作戦は大当たりでした。
そのようにしだしてから、怒りを爆発させることがなくなりました。
しかしこの方法はあくまで対症療法である故に限界もあります。
どういうことかと言いますと、気づくと「怒ってはいけない。怒ってはいけない。怒ってはいけない」というテープがひとりでに頭の中でグルグル回っているのです。
それでそのことに気づくたびに、すぐに新しいテープに入れ換えます。
新しいテープには「怒ってもいいんだ」というセリフが録音されています。
みなさんの抱えておられる問題は、私の抱えている問題とはちがうかもしれません。
しかし応用問題を解くのは人生におけるやりがいのある領域ではないでしょうか。
3.癇癪持ちが依存症のレベルになったら、12ステップで解決するほかはない
この記事は2009年に書いたものです。
それ以来、ありのパパの癇癪持ちの症状は外面的には一進一退を繰り返しているように見えましたが、内面では病気が進行していたようです。
次第に、怒ろうと思うと、瞬時にそれが怒りの爆発に繋がるようになりました。
この段階に至って、ありのパパは自身が単なる癇癪持ちではなく、依存症としての怒りの爆発という問題を抱えていると認めざるを得なくなりました。
そして12ステッププログラムに徹底して取り組み、怒りの爆発という依存症から回復することができ、今も回復の軌道に乗り続けています。
これは要するに一番目の方法を採用としたということです。
皆さんに申し上げたいことは、自分の怒りの爆発のレベルがどの段階にあるかを判断するのは皆さんご自身であるということです。
そしてどの対応方法を選ぶかということも、皆さんの選択に委ねられています。
どうぞ正直な心になって、ご自身に向き合われることを願っています。
◎回復と平安を祈っています。
