聖書

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ユダとペテロの本質的違い。それは悔い改めるか後悔するかの違い!

イエスの弟子団のメンバーとして活躍していたペテロとユダですが、その人生の終わり方は対照的でした。この記事ではなぜ同じ出発をしながら、人生の最後が天と地ほどに違ってしまったのかを考えます。
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サウルの信仰の問題点は何か?私たちが同じ過ちを犯さないために!

旧約聖書のサムエル記第一の終わりにはサウル王が霊媒の女のもとを訪れた記事があります。この記事ではこの問題を皆さんとご一緒に考えます。1.サウル王の信仰の欠陥はどこにあるか?サウル王は国内から霊媒者を追放したにもかかわらず、自分が窮地に陥ると...
カウンセリング

マイナス感情に振り回されたサウル王の心の問題とは何か?

旧約聖書のサムエル記に記されているサウル王のお話はきわめて今日的な問題でもあります。この記事ではサウル王が抱えていたと思われる心の問題を考えます。1.なぜサウル王はダビデを憎んだのか?ある人は「そりゃ、決まってるでしょ。自分の王位が危うくな...
アダルトチルドレン

五つの石と石投げ器

少年ダビデがペリシテの巨人ゴリアテと戦ったとき、初めは王のサウルからもらった身の丈(みのたけ)に合わない鎧(よろい)を着ていました。しかしダビデは鎧を着ていては巨人ゴリアテと戦うことは出来ないと考え、その鎧を脱ぎ捨てました。この聖書の物語に...
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賢い娘は愚かな娘とは違い、油を準備した。油は何を指しているのか?

マタイの福音書25章には十人の娘たちのたとえ話が記されています。皆さんとご一緒に、この物語が教えるものは何かを考えます。①私たちは常に目を覚ましておれる存在か?このお話の前の部分には、再臨を待つ心構えを教えるたとえ話が記されています。再臨を...
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美少年だから用いられたのではない。ダビデが用いられた三つの秘密!

文語訳聖書には少年ダビデのことが「紅顔(こうがん)の美少年」と書かれてあります。そこでダビデが王として選ばれたときの経緯を見ていきます。1.問題の核心は恐れることではなく、恐れに負けてしまうこと神が預言者サムエルに命令を下したとき、サムエル...
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イスラエルの最初の王サウルの弱点だった人の目を気にする村社会意識

聖書を日本人的視点で読んでいると、さほど悪い人には見えない者がくそみそに言われていることがあります。それがイスラエルの最初の王サウルです。①人間的視点で見ると「待てない」サウル王の弱点は「待てない」ということでした。預言者サムエルが「なぜ待...
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他人は私を傷つけることができない。ハンナが見つけた解決法とは?

私たちが持つ大きな誤解の一つに自分自身が傷ついたとき他人に傷つけられたと思い込むことがあります。しかし他人は私を傷つけることができません。他人は私を傷つけることができないと気づいた預言者サムエルの母ハンナの行動から学びます。①聖書をカウンセ...
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自力では弱点を克服できず、そのため救いの確信をもつことができない

自力で救われようとする人にとって弱点を克服することは至上命題です。なぜなら弱点を克服しないと救われることができないからです。しかしその先にこそ解決があります。それは自力・我力によらず、神の恵みによって救われる道です。この道を金持ちの青年とイ...
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無条件に赦すのでなければ赦しとは言えない。許すのと赦しはちがう!

中途半端な赦しは赦しではなく、完全な赦しだけが本物です。しかし相手のしたことを許すのと相手の存在を赦すのは似ているようで全然ちがうことです。1.7度までは赦してやる生き方と無条件に赦す生き方とペテロは誰かに迷惑を掛けられて怒り心頭に発したと...
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現実の逆境や困難にくじけずに神に求め続けるのが本物の信仰だ!

マタイの福音書15章21~28節に書かれているカナン人の女の信仰を通して本物の信仰とはどんなものかを見ます。1.カナン人の女とイエスカナン人(異邦人)の女性が自分の娘の精神的病を治してくださるようにイエスにお願いします。しかしイエスは一言も...
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聖書の『決して赦されない罪』は何を意味し何を意味していないのか?

聖書にある「決して赦されることのない罪」という教えに怯(おび)えているクリスチャンが少なからずおられるのではないでしょうか?ありのパパもそのような者の一人でした。気づかずに「決して赦されない罪」を犯してしまい、死んでから天国に入るときに「お...