キリスト教

聖書

イスラエルの最初の王サウルの弱点だった人の目を気にする村社会意識

聖書を日本人的視点で読んでいると、さほど悪い人には見えない者がくそみそに言われていることがあります。それがイスラエルの最初の王サウルです。①人間的視点で見ると「待てない」サウル王の弱点は「待てない」ということでした。預言者サムエルが「なぜ待...
聖書

他人は私を傷つけることができない。ハンナが見つけた解決法とは?

私たちが持つ大きな誤解の一つに自分自身が傷ついたとき他人に傷つけられたと思い込むことがあります。しかし他人は私を傷つけることができません。他人は私を傷つけることができないと気づいた預言者サムエルの母ハンナの行動から学びます。①聖書をカウンセ...
聖書

自力では弱点を克服できず、そのため救いの確信をもつことができない

自力で救われようとする人にとって弱点を克服することは至上命題です。なぜなら弱点を克服しないと救われることができないからです。しかしその先にこそ解決があります。それは自力・我力によらず、神の恵みによって救われる道です。この道を金持ちの青年とイ...
聖書

無条件に赦すのでなければ赦しとは言えない。許すのと赦しはちがう!

中途半端な赦しは赦しではなく、完全な赦しだけが本物です。しかし相手のしたことを許すのと相手の存在を赦すのは似ているようで全然ちがうことです。1.7度までは赦してやる生き方と無条件に赦す生き方とペテロは誰かに迷惑を掛けられて怒り心頭に発したと...
聖書

現実の逆境や困難にくじけずに神に求め続けるのが本物の信仰だ!

マタイの福音書15章21~28節に書かれているカナン人の女の信仰を通して本物の信仰とはどんなものかを見ます。1.カナン人の女とイエスカナン人(異邦人)の女性が自分の娘の精神的病を治してくださるようにイエスにお願いします。しかしイエスは一言も...
聖書

聖書の『決して赦されない罪』は何を意味し何を意味していないのか?

聖書にある「決して赦されることのない罪」という教えに怯(おび)えているクリスチャンが少なからずおられるのではないでしょうか?ありのパパもそのような者の一人でした。気づかずに「決して赦されない罪」を犯してしまい、死んでから天国に入るときに「お...
聖書

『十字架を背負う』の本当の意味。背負ってはならない重荷もある!

『重荷を負って苦労している者はわたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます』というイエスの言葉を信じて信仰に入ったにもかかわらず、気がつくと未信者のとき以上の重荷を背負わされている場合があります。
聖書

イエスの十二使徒の派遣にみる人の育て方、自立支援の真髄とは?

イエスが十二使徒を派遣したことを記している聖書個所を見ていきます。マタイの福音書10章5節~15節には大変興味深い、また驚くようなことが書かれてあります。①伝道旅行に行くとき、財布も着替えも持って行ってはならないありのパパはこの個所を初めて...
聖書

なぜイエスは人々の病気を強い情熱をもって癒やされたのか?それは…

イエスの宣教活動のほとんどは人々の肉体的病気と精神的病を癒すことに費やされました。なぜイエスは癒しの働きを重視されたのかを考えます。1.非常な情熱をもって人々の病を癒やされたイエスイエスご自身は「全ての町々を巡回され、会堂で教え、福音を宣教...
カルト

教団は人が作り、教会は神が造ったという理解は聖書から見てどうか?

ある人が教団(組織)は人間が作ったものであり、本来聖書にないものであると言いました。この人の結論は人間の手による教団から出て、聖書に忠実な教会(キリストの体)に集うということでした。そこで教団と教会に違いはあるのかを考えます。1.間違いや不...
カルト

聖書が教える福音と分離主義カルトが教える福音と砂糖まぶしの福音と

分離主義カルトの人々によって「砂糖まぶしの福音」ということが最近良く言われています。実はこのような言葉は昔から言われてきたことでもあります。そこで彼らがどのような意味で「砂糖まぶしの福音」という言葉を使っているのかを考えます。1.分離主義カ...
キリスト教

異言が伴う聖霊のバプテスマについて聖書は何と教えているか?

もし皆さんがペンテコステ派のクリスチャンであって、他教派の方から異言についてご質問をいただいたらどのようにお答えになるでしょうか?1.どうして異言が全てのクリスチャン、教会に必要だと主張するのか。異言を求めない教会は必要じゃないのか?それは...