(2020/01/08記事更新)12ステップの棚卸しは四つの領域に分けて行います。恨み・恐れ・性・その他です。
この記事では恐れと性についての棚卸しの勘所(かんどころ)を解説しています。
1.恐れについての領域
①自分の思い通りに人を動かすために、親切だったり献身的だったり忍耐深くあったりすることがある
「ほら、そこに幽霊がいるよ!」と言われて驚かない人はいないでしょう。
この類の恐れは誰でも持っているものです。
しかしこの記事で解説しているのは、そのような種類の恐れではありません。
それは私たちの潛在意識の中にあって、私たちの行動を知らぬ間にコントロールしてしまう類のものです。
ありのパパの人生を振り返ってみると、他者を自分の思い通りに動かすめに、人当たりが柔らかかったり、忍耐深そうに見せたり、寛容を装ったのを認めざるを得ません。
恐れが動機となるのは不正直な対応だけではありません。
恐れが動機となって親切そうに振る舞ったり、寛容な感じを装ってしまうこともあるのです。
殊に人当たりが柔らかそうに見える人の心の中には恐れが巣くっていることがあります。
このような恐れの感情は普段は抑圧していますから、気づくことはありません。
ですから私たちはこれを棚卸しという方法で明らかにする必要があります。
あたかも売り場の奥の倉庫に行って、売れ残りの商品は何か、傷が付いてしまい売り物にならなくなった商品は何かを、帳簿を開きながら記入していくようにです。
恐れに対してあまりに否認が強く、思い出すことに心理的抵抗がある場合、まず生まれてから今日まで関係があった人のリストを作ります。
そのリストを見ながら、恐れに該当する人を別の用紙に書きだしていきます。
このようにして恐れのリストを完成させます。
ACの場合、記憶が抑圧されているなら、ミーティングに出席して他のACの分かち合いを聞くことが大変効果的です。
というか、それだけが唯一の方法だったりします。
ありのパパ自身はそのようにして人の話を聴きながら、心の中で「あぁ、そうだった!僕もそうだった!」と抑圧された記憶を解除していきました。
それまではありふれた三流のテレビドラマのような筋書きが自分の子供時代かと思っていたのに、それは偽造された記憶でしかなかったと気づかされました。
人の話を聴いていると、心の中の記憶が白黒からカラー(総天然色)に鮮やかに変化していくのを感じました。
ACの仲間たち、ありがとう!
②恐れは連鎖反応を引き起こす(パターン化している連鎖反応)
これは要するに恐れが隠れた動機となって、その人にとってお決まりの行動パターンを引き起こすということです。
通常、動機としての恐れは意識されることがありません。
それでこの恐れはその人の心の中で自由に働くことができます。
まさに無法状態です。
恐れと不正直が行動となって現れるとき、私たちの人生に致命的な悪影響を及ぼします。
恐れるということは身がすくんでいるということです。
身がすくんでいれば、当然のこととしてこちらの意志を相手に十分伝えるというのは不可能になります。
そこから配慮の不足という短所も出て来ます。
自分の中に恐れがあるのを自覚しない限り、恐れが引き起こす行動パターンは私たちの人生を支配し続けます。
ではどうやって気づくかと言えば「神と、自分自身と、もう一人の人に自分の誤りの本質をありのままに認め」るステップ5の作業によります。
一つ一つの性格上の欠点は自分でも気づくことは出来ますが、さすがに複数の欠点によって構成される行動パターンとなると自分で気づくのは至難の業です。
やはり「もう一人の人」の存在が必要になってきます。
私たちが自分の内にある恐れが引き起こす行動パターンにはっきり気づくなら、私たちはこの行動パターンからある程度自由になることができます。
もちろんこれらの欠点は神でなければ取り除くことはできません。
それで私たちはステップの7で「これらの短所を取り除いてくださいと、謙虚に神に求めた」のです。
取り除くことは神にしか出来ませんが、その行動パターンに引っ掛からないように今日一日を気を付けて過ごすことは出来ます。
これが私たちの性格上の欠点を取り除くのは神と私たちとの協働作業であるということの意味です。
2.性についての領域
・12ステップで取り扱う「性」は、肉体的な性ではなく、もっぱら性にまつわる感情の問題を取り上げています。
・性の棚卸しをすると自己イメージが健全になります。
ありのパパが12ステップを学ぶなかで新しい気づきを与えられたのが、この性についての領域です。
今までは、あまり深く考えてこなかった領域でした。
・その性的行動が倫理的・道徳的に問題のある行為でなければ、それはその人の個人的な自由意志の範疇にあることです。
ビックブックには「性の振る舞いは、あるべき姿を決めてから、棚卸しする」とあり、また「(性に関する)理想は変わってもいいし、また変わるものである」とも書かれてあります。
3.棚卸しは懺悔でもなく神の審判を仰ぐ行為でもない
ある方の棚卸しの様子を伺っていたところ、その方は一つ一つの行為においてご自分を責めておられました。
あたかも自分自身を断罪するのが棚卸しでもあるかのようでした。
ありのパパから見て、その方は余りにも良心的すぎ、また自罰的傾向があると感じました。
棚卸しという言葉は商売の世界で使う用語であることからも分かるように、事務的にさっさとやることが肝心です。(恐れずに、徹底してやることが大前提です)
それでなくても心理的抵抗があるのですから(虐待経験を持つACにとってはなおさらです)、棚卸しの最中は自己カウンセリングを一旦中断して、商売(棚卸し表を完成させる作業)に心を集中させる必要があります。
そして棚卸し表を完成させてから、存分にセルフカウンセリングをすればよいのです。
実際は「もう一人の人」に痛いところを突かれて、うなだれて「恐れ入りました!」と呻(うめ)くのが落ちですが(笑)。
皆様の棚卸し作業がスムーズに進まれますように。
◎回復と平安と祝福を祈っています。
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