信頼できないのはワケがある。神と人々を頼りとする生き方が一番幸せ

人間関係のトラブル

多くの人が他人に頼らない生き方が幸せだと思っています。
しかし実は信頼しようと思ってもできないのです。
この記事では人を信頼できない原因、また信頼と依存の違いについても解説しています。

1.傷つけていたのは他者ではなく自分自身だったと気づけば他者を信頼できる

「12ステップの最終目標は真実を見出すこと」(回復の「ステップ」71頁3行目)

真実とは「自分自身(本能)を傷つけていたのは他者ではなく、この私だった」ということです。
この真実に気づくことが霊的目覚めです。
霊的目覚めとは『回復するのに十分な人格の変化』(ビッグブック266頁2行目)を意味します。
「他者は私を傷つけることができない。傷つけていたのはいつだってこの私だった」という視点の転換こそが人格を変え、さらには人生を変え続けていく原動力になります。

この視点の転換が起きると「人は私を傷つけることが出来ない」ので、人々に対して恐れをもたないで近づていけるようになります。

私たちは心のどこかで「人々と近しい関係になると傷つけられるかもしれないから親しくならないでおこう」と思っているものです。
しかし上記の「自分自身(共存・安全・性・将来野心などの本能)を傷つけていたのはいつだってこの私にほかならなかった」との理解が腹落ちすると、健康的な範囲内で人々に近づいて行くことが可能になります。

霊的目覚めによって視点の転換を果たすと古い行動パターンを使わなくなるので本能が傷つかず感情が暴走しなくなります。
不快感情が溜まらなくなれば、それから逃れるために嗜癖を使う必要もなくなります。
【霊的目覚め】が本質的な解決策であると言われるのはこのためです。

次の項目では【信頼】と【依存】の違いについて解説しています。

2.他者と健康的に繋がるのは信頼。病的に頼るのは共依存

「一番幸せな生き方は神と他の人々を頼りとして生きること」(回復の「ステップ」69頁2行目)

神と他の人々を頼りとすると言っても、そこには自(おの)ずと限度があります。
ここではどうすれば適切で健全な関係を保つことが出来るのかを解説しています。

①健康的な人間関係とは心理的に自立した者同士がつながること

回復するためにミーティングに参加しているにもかかわらず、12ステップに取り組む気配さえないというのは自助グループではよく見受けられることです。

これの原因は知らず知らずのうちにそれらの人々がグループのメンバーとの共依存関係に回復の活路を見出しているからです。
もちろんこの希望は失望に終わります。
そして失望に終わったと気づいた時がミーティングに来なくなる時になりがちです。
(もちろんミーティングに参加するだけでは回復はおぼつかないとの気づきが与えられて、本質的な解決策である霊的目覚めを得るために12ステップに取り組むケースもあります)

恋愛ドラマなどで「あなたがいないと生きていけない」というセリフを聞くときがあります。
しかしこれは真実ではなく、「あなたがいなくても私は生きていける」というのが真実です。

ただここで終わると豊かな人間関係には発展しません。
豊かな人間関係とは「私はあなたがいなくても生きていけるが、あなたと一緒ならもっと楽しく生きていけるだろう」という関係性を持つことです。

豊かな人間関係のしるしは、相手が自分の思った通りに動かない場合に怒りや恨みを感じるかどうかです。
相手に期待するのは健全の範囲内ですが、失望が怒りや恨みになるなら相手に病的に依存している証拠です。
心が健康な人はこのようなとき「仕方ない。こういうこともある」と納得するものです。

相手が自分の思い通りに動かなかった場合に恨みや怒りを感じるなら、それは明らかに共依存(病的なコントロールを嗜癖として使う依存症)ですから、12ステップにもとづいて取り扱うことです。

まず第一に他者への依存を【嗜癖として使っている】ことに気づくことです。
しかしこれは言うは易く行うは難しです。
なぜなら誰もが「こんなの当たり前だろ!」と思っているからです。

しかし人に期待するのは当たり前ですが、期待が裏切られたときに恨みや怒りに変わるのは嗜癖として使っているからであり、嗜癖は当たり前のことではありません。

この気づきを持つことが出来れば後は簡単です。
なぜなら私たちが慣れ親しんだ12ステッププログラムによってステップ1の無力を認めることからスタートすればいいだけだからです。

②自分の分を果たさずに神に頼ってばかりだと信仰依存症になる

神に過度に頼りすぎると『信仰依存症』とでも呼ばなければならない状態になります。
そうならないためにはステップ3の「自分の意志と生き方を自分なりに理解した神に委ねる決心」が大切です。
信じるだけの人、言い換えれば信じるところで終わっている人は自分の意志と生き方を神の意志に沿わせる行動ができません。

よく聞くのが「決心はしたんだけどね」という言葉です。
しかし決心した後に行動が出てこないのは決心とは言えません。

ありのパパも「信じていたら、どうにかなる」という根拠のない期待をしていました。
しかし根拠のない期待をしても、何十年経っても人生は1mmも変わらないままでした。
どうぞこのブログを読まれる皆様が、ありのパパのあやまちを繰り返すことがないようにと願っています。

人生を変えようと思うなら、どうしてもステップ4・5の人生の棚卸しに取り組み、次に新しい行動パターンだけを使って生きていくことと(ステップ6・7)、新しい人間関係の再構築に向けての取り組み(ステップ8・9)が必須のこととなります。

ある人々は「この4~9の実践に神の出番はない」と間違って考えます。
しかしステップ4~9に取り組んだ人はみな同意されると思いますが、とてもではないけれど自力・我力で出来ることはありません。
どうしても神の恵みによって力を与えられるのでなければやり通すことが出来ません。
それで私たちは「どうぞやり抜く力を与えてください」と祈りながらチャレンジするのです。

私たちは「信じているだけではどうにもならない」のを肝に銘じる必要があります。

3.生き方が変わっても治ることはない。あるのは成長だけ

この記事のテーマは「一番幸せな生き方は神と人々を頼りとする生き方」です。
それで項目の1では「なぜ頼りとすることが出来ないのか?」を、項目の2では「健康的な信頼関係と病的な依存的関係の違い」を解説しました。

項目の3では「(病的な人間関係を嗜癖として使うACを含めて)依存症は治らない病気であり、いつでも再発する危険のある病気である」ことを解説しています。

依存症が一回なったら決して治らないのは脳の報酬系に依存症回路ができるからです。
この依存症回路から強迫観念と渇望現象が出て来ます。
それで強迫観念が教える嘘が止むことはないし、やり始めるとブラックアウトするまで同じことを延々と続けざるを得なくなります。
これが依存症の実態なのです。

健康的な信頼関係だと思っていたのに、気がついたら病的な依存的人間関係に変質していたなどというのはよくある話です。
これの解決策は共同体から受ける助けと支えです。

具体的にはミーティングに参加して仲間の話を聞き、自分の話をすることです。
この営みが意味するところは「顔を洗って出直す」作業を継続的に行うことです。
朝起きて顔を洗わない人はいないと思いますが、ありのパパは「今日は顔を洗わなくてもいいかな」と思う人です。
しかし顔を洗って(近江兄弟社の)メンタームを顔に塗ると「あぁ、顔を洗って良かった」と感じるのです。

一日顔を洗わなくても何も変わらないかもしれません。
しかしそう思っているのは自分だけです。
一日何もしないと自分が不具合に気づき、二日何もしないと周りの人に気づかれ、三日何もしないとすべての人に不具合が明らかになります。

ミーティングから慰めと励ましを得るにはコツがあります。
ある人は「今日のミーティングはクソだったな」と感じているのに、ある人は「今日のミーティングも神の恵みあふれるミーティングだった」と感じているのです。

そのコツははじめから慰めと励ましを得るつもりになっていることです。
つもりになるとは一つは自分が語るメッセージを持っていることです。

ここがミーティングを単なるグループセラピーとして使っている人との違いです。
もちろんミーティングは12ステップの説明会ではなく、回復自慢の場でもありません。
ではどんな場かというと、それはたとえちっぽけな変化であったとしても神の恵みによって与えられた人格の変化を分かち合うところです。

もう一つは仲間の話を聴くときに決して裁かないと決めておくことです。
これを肯定的配慮と共感的理解と呼びます。

肯定的配慮とは要するに想像力を働かすことです。
「どんな人生を生きてこられたのかな?」とか「そうせざるを得ない理由があったに違いない」などと思いつつ、仲間の話を聴かせてもらいます。

(肯定的)配慮が出来るようになると、今度は自然に共感(的理解)が付いてきます。
共感とは相手を裁かずにありのままの姿を受け入れることです。

注意すべきことは共感は自然にやって来るものですが、肯定的配慮は意図的に自覚的に努力する必要があるということです。

以上の説明を読まれて「そんなこと出来ないし、やるつもりもない」と思われたかもしれませんが、それでもかまいません。

なぜならこれらが可能になるのは本質的な解決策である霊的目覚めを得た後で『12の約束』が実現したときだからです。

ではなぜそんなことを解説したのかと言いますと、それは自覚的に努力する人と、無自覚のままの人とでは、回復と成長に違いが生じるからです。

◎回復と平安と祝福を祈っています。

ERA(イモーションズ・リカバリー・アノニマス)Teamsミーティングのお誘い
感情問題を嗜癖として使う人々が積極的に回復(リカバリー)を目指すオンラインミーティングが始まりました。 時間は…

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