生育歴は性格上の欠点の原因。それを今も使っているのは自分の責任!

止める努力を止める

生育歴は性格上の欠点の原因ですが、その性格上の欠点を今も使っているのは自分の責任です。
ACはこの切り分けができない限り、回復は難しいとありのパパは考えています。
この記事は回復は生育歴の癒やしによって起きるのではなく、性格上の欠点を使わないことによって起きるのを解説しています。

1.生育歴が性格上の欠点の原因。しかしその欠点を今も使っているのは自分の責任

アルコール依存症者や薬物依存症者の中でご自分の性格上の欠点がどこから来たかを問題にする人は余りいません。
なぜならそんなことを問題にする暇がないからであり、そんなことをしている間に死んでしまうからです。

そんな物質依存の人々も回復の初期には自分の性格上の欠点を生育歴に求める人もおられます。
そのような人々はAAやNAに通いつつ、ACのミーティングにやって来ます。
そして原家族への恨み・辛みを述べます。

しかしそのような人々もしばらくすると大体は姿を見せなくなります。
想像するに回復が順調に進み、親のせいにする必要がなくなったからではないでしょうか。

それに比べてアダルトチルドレン(AC)ほど自分の性格上の欠点がどこから来るかを問題にする人はいません。
ミーティングでは「回復すること」が前提なので恨み・辛みはあまり出て来ませんが、フリートークの茶話会になると本人たちはそのつもりがなくても親の悪口にしか聞こえないような言葉が次から次へと出て来ます。

そんな話を聴きながら意地の悪いありのパパが思うことは「性格上の欠点からくる行動パターンは確かに原家族との関わりの中でできあがったものだが、大人になった今も依然として使い続けているのは私たちの責任」ということです。

なかには「原家族の影響があまりにも強すぎて新しい行動パターンを使うことが出来ないのです」と言われる方もいます。
しかしそのような方に対してカウンセラーであれば「出来ないのではありません。やる気がないのです」と答えるかもしれません。

12ステップの実践者であれば「出来ないのは当然です。なぜなら私たちは嗜癖を使うことに対して無力だから。しかし神にはどんなことでも出来る。だから神と一緒に課題に取り組みましょう」と答えるでしょう。

子供時代に使った生き延びる術としての【病的な人間関係】と、今も使っている【病的な人間関係】には決定的な違いがあります。
それは子供時代に使ったのは生き延びる術としてであり、それ以外にやり方が見つからなかったというのが真実です。
そして何はともあれサバイバーとして子供時代を生き抜くことが出来ました。

しかし大人になっても使っているのは、他にやり方はいくらでもあるし、そもそもそのやり方は有害無益です。
その証拠に「このやり方」を使ったので人生が思い通りに生きていけなくなりました。

もう一つの本質的な違いは大人になってから使った【病的な人間関係】は【嗜癖(しへき)】であるということです。
人生のどこら辺までが自由意志に基づく行動であり、どこら辺から嗜癖行為になったのかは定かではありませんが、どちらにしても確かなことは今現在明らかに「自分の人生がどうにもならなくなった」「思い通りに生きていけなくなった」ということです。

2.生育歴から来るものと、自分の責任をどのように切り分ければ良いか?

ステップ5の「もう一人の人」として棚卸しをお伺いしているときに、あるACが言われたことがあります。
それは「私が抱えている問題は親によるものなのに、なぜ私が責任を負わなければならないのでしょうか?」というものでした。

この方の言われることはある面では正しいのです。
しかしそれでは決して回復できないので、割り切れない部分を残しつつも自分の問題の解決に専念するのです。

ACの回復には常にこの問題がつきまといます。
せっかくいいところまで行っているにもかかわらず、ACがバックスライドしてしまう理由がここにあります。
「ACミーティングで親への恨み・辛みを述べている人がいた。三年ぐらい経って再びそのミーティングを訪れるとやはり同じように親への恨み・辛みが語られていた」とある方が言われた言葉を忘れることができません。

これは同じ人が親への恨み・辛みをいっているのではなく、別の方が親への恨み・辛みを述べているのです。
前回、恨み・辛みを述べた方はそのミーティングから消えているのです。
ACのミーティングのメンバーが数年で総入れ替えされてしまうのは良く見受けられることです。

これはAAでは考えられない現象ではないでしょうか?
もちろんアルコール依存症が死にいたる病であるのに対して、ACは死なない依存症であるという違いはあります。
しかしどちらも人生を棒に振るのは同じです。

そういうわけで、ACが回復しようと本気で願うなら自分の問題を原家族や生育歴に求めることをきっぱりと止める必要があります。
ACはこの切り分けができない限り、回復は難しいとありのパパは考えています。

3.生育歴の癒やしによってではなく、性格上の欠点を使わないことによってアダルトチルドレンは回復する

ACミーティングに始めてきた人が口にするのが「原家族から受けた影響からの回復・生育歴の癒やし」です。

しかしながら根本的な問題の解決は性格上の欠点を使わなくなることです。
性格上の欠点を使わない日々が続くと、かさぶたが取れるように生育歴の癒やしが起きます。

性格上の欠点を使わなくなって数年経つと「生育歴なんてどうでもいい」と考えるようになります。
これはアルコール依存症者が回復の初期の苦しみを感じる段階では生育歴云々を問題にしがちなのだが、回復が順調に進んでいくと生育歴に対する関心がなくなっていくのに似ています。

実はACも現在の人間関係や人生がうまく行かず、苦しみにさいなまれていると逃避場所として生育歴云々を無自覚のうちに選んでいるのです。
ここまでみてみると「やっぱり依存症って中身の構造はみんな同じなんだね」と納得するものです。

さて、ではどうすれば性格上の欠点を使わずにすむようになるのかというと、これは12ステップに取り組んで霊的に目覚めるほかはありません。

ミーティングでの分かち合いなどで「性格上の欠点を使わないようにします」という発言を聴くことがあります。
しかし使わないでおこうと思って使わないでいることが出来るなら、その時点ですでに私たちは無力ではあり得ません。

そして使わないでおこうと思うだけで使わないでいることが出来るなら12ステッププログラムは必要でなくなり、世俗的(一般的)なカウンセリングで十分何とかなります。
この記事の読者には「どうしても使ってしまう。私には使わない自由がない」との自覚をもった人々を想定しています。

ありのパパ自身も「信仰で何とかなるのではないか?」と考え、18歳の時にキリスト教に入信しました。
そして「カウンセリングで何とかなるのではないか?」と考え、30歳の時からカウンセリングを学びはじめ、それを実践し続けました。

しかし58歳の時に「60歳から90歳までの30年間は別の生き方をしてみよう」と考え、12ステッププログラムの世界に飛び込んだのでした。
これは初めの二者では自分の人生が何ともならなかったので方向転換したということではなく、「自力・我力では何ともならなかった」という「自分の無力を認めた」というのが事の本質です。

癒やしは嗜癖を使わない『今日一日』の積み重ねによってのみ起きる

人間とはある意味ではげんきんなものです。
現在に苦しみがあり、将来に希望が持てないとき、過去にその原因を求めます。
ACであれば生育歴がそれに当たります。

しかし現在は平安であり、将来に対しては「きっとうまくいく」との希望があれば、その人にとって過去のことなどどうでも良くなります。
どうでも良くなるどころか「過去の辛い経験は今のときの平安と将来に希望をもたらすための神のご計画だったのだ」との理解さえ持つようになります。

こうなればしめたものです。
犯人捜しとしての生育歴への関心が時至(ときいた)ると、かさぶたが取れるように無くなってしまいます。

要点は生育歴は癒やされるべきものではなく、どうでも良くなってしまうものであるということです。

◎回復と平安と祝福を祈っています。

ARA(アダルトチルドレン・リカバリー・アノニマス)Teamsミーティングのお誘い
アダルトチルドレンと共依存症者が積極的に回復(リカバリー)を目指すオンラインミーティングが始まりました。 時間…

新しい記事を見逃したくない方はメール登録をどうぞ!

フォローボタンを押すと届くメールの【フォローを確認】をタップして登録完了です。

タイトルとURLをコピーしました