アダルトチルドレンが回復しようとするときに、ACが依存症の一種かどうかの見極めが極めて重要です。
この記事ではなぜACは依存症であると言えるのかを明らかにし、回復しようとする際の勘所(かんどころ)について解説しています。
1.アダルトチルドレンは依存症か?

AC(アダルトチルドレン)が依存症かそうでないかは一見するとあまり重要な問題ではないように思われるかもしれません。
しかしACが依存症でないとしたら回復の方法はカウンセリング的アプローチによるということになり、ACが依存症だとしたら12ステップに取り組むことだけが回復の道ということになります。
ありのパパはカウンセリング的アプローチでアダルトチルドレンから回復した人を見たことがありません。
この言葉はカウンセリングによってアダルトチルドレンから回復しようとしている人々を傷つけるかもしれません。
しかし心から申し上げたいことは、もしあなたがカウンセリングによって回復しようとするなら雑音に耳を貸さず、カウセリング治療に集中なさいますようにということです。
そして何年間か集中して治療を受けたところで回復が思わしくないなら今度は違う手を試してみることをおすすめします。
依存症者の特徴は何度も何度も同じ手を使って「今度こそ、うまく行くかもしれない」という根拠のない希望を持つことです。
アダルトチルドレンが同じ間違いを犯してはなりません。
でもこれは依存症者と同じ間違いを犯すということが即ちACが依存症であることを示しているのかもしれません。
2.ACの問題リストは嗜癖の一覧表
ACの問題とかランドリーリストと呼ばれるACの特徴が書かれた一覧表があります。
その一覧表を読んで思い当たるフシのないアダルトチルドレンはいないでしょう。
しかし問題の核心はそこにはありません。
要するに「うんうん。私も当てはまる」というところに留まっていてはいけないということです。
問題の核心は問題リストはACにとっての嗜癖の一覧表であるということです。
ありのパパはACの他にも複数の依存症をもっています。
その依存症から一応の回復を果たした時「ACの問題はもういいかな?」と思いました。
その理由は依存症から回復したソブラエティー(嗜癖に頼らない生き方)があまりに素晴らしかったからです。
しかしそのときに気づいたことがあります。
それは自分の人生をだめにした最大のものは他の依存症の嗜癖ではなく、「人が怖いので人々から孤立する」ことを嗜癖として使っているということでした。
もしこの見立てが正しいなら、他の嗜癖から回復したとしても人生は本当の意味では新しくならないということになります。
それでもう一度初心に戻り、ACからの回復に本腰を入れるようになりました。

3.ACの回復と見捨てられ不安の関係

12ステップを使ってアダルトチルドレンが回復しようとするときに特有の困難があります。
それは恐れの問題です。
一般的な12ステップ本ですと「恐れは根拠のないものであることが分かって速やかに消え去る」と書かれてあるものが多いです。
ビッグブックにも「回復の『ステップ』」にもそのように書かれています。
しかしこれはACには当てはまらないと、ありのパパは考えています。
なぜならACにとって「恐れ」は根拠のないものではないからです。
アダルトチルドレンは子供時代に虐待されたり養育放棄されたりして見捨てられる恐れを体験しました。
それで大人になっても心の深いところで「また見捨てられるかも?」と怯(おび)えているのです。(ACの問題の12番目)
これを見捨てられ不安と言います。
この見捨てられ不安がなくなるかどうかについて、ありのパパは今のところ確固とした理解を持っていません。
ただ一つ言えることは、見捨てられ不安があるからこそ新しい行動パターンである「すべての人に対して敬意をもって接すること」に全力を尽くせるということです。
見捨てられ不安を上書きして、見捨てられ不安の出番をなくすために、新しい行動パターンを全力で実践するのです。
多分、自分の中に恐れ(見捨てられ不安)がなかったら、ここまで全力投球はしなかったと思います。
だから今は自分の中にある恐れに対して「ずっといてもいいよ」と言っています。
ひょっとしたらすべての人に敬意をもって接することが身に付いたら恐れはなくなるのかもしれません。
しかし今のところは「よし、やるぞ!」という日毎の決心と、神の意志を知ることと、それを実践する力だけを求めることなしには新しい行動パターンを実践することができません。
だから多分、死ぬまで自動的に何も考えなくても敬意をもって接することに全力を尽くせるようにはならないでしょう。
それで構わないと思っています。
生きている限りは、新しい行動パターンを全力で実践したいと思います。

◎回復と平安を祈っています。

